山中康弘のヒューマンヒストリー
現時点で障害を持っている山中康弘の 過去のできこと、日々のできごとや思っていること、未来の夢を語っていきます
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究極のバリアフリー
山中康弘です。

今日もバリアフリーダンスについて書きます。

私が体験したバリアフリーダンスは、自然が持っているエネルギーを利用して、自分を輝かせることでした。自分と他人とも一体となって、一つのアート、バリアフリーダンスを作っていくことでお客様に感動を与えることができるようになるのです。

自然を持つエネルギーを利用するということは、自然、すなわち、地球と一体となって、表現していくことであります。仏教用語の中に、「無我」という言葉かあり、無我という言葉の意味は、自分の我を取りのぞくという意味です。

西洋哲学では、自我の確立こそが大切であると言われています。自我を確立すればするほど、自分の個性が明確になり、他人と比較し、劣等感を感じたり、嫉妬心を持つようになっていきます。

障害福祉の中で、特に問題となっているのは、この自我の価値観に基づいて、普通の人(ノーマルの人)に比べて、足が不自由であるとか、目が見えないとか、というように、障害者という概念を作り出しているのです。

しかしながら、無我観でこの世界を見た時に、男の人も、女の人も、子どもも、耳が聞こえない人も、また、日本人も、アメリカ人も、アフリカ人も、そして、植物も、動物も、すべての生き物が、神様によって、生かされている存在であることが見えてくるのです。無我観で考えたならば、すべての生き物に神様が宿っており、神の性質が備わっているということになります。ちなみに、神の性質のことを仏教用語では、仏性と呼んでいます。 

私は、このバリアフリーダンスの「バリアフリー」という意味は、無我観のことではないかと思っています。バリアフリーという言葉には、交通道路の段差の解消とか、経済的な格差の解消とか、いろいろありますが、究極のバリアフリーとは、自と他が一体となるということです。

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