山中康弘のヒューマンヒストリー
現時点で障害を持っている山中康弘の 過去のできこと、日々のできごとや思っていること、未来の夢を語っていきます
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福祉にとっての幸福実現(人の生命を守ることも必要だ)
山中康弘です。

「福祉にとって幸福実現」として、次に語っておかないといけないことは、法律を作れば、合法的に殺人ができるということです。これは、国際に差別の禁止や虐待の禁止など、弱者を守る活動が行われています。

ただ、一つ言っておかないといけないことは、脳死に対する人権を守るべきであるということです。人間の死は、
心臓が止まった時です。もっと厳密に宗教的に言えば、死というのは、霊子線が切れるときです。したがって、脳死は死んでいる状態ではなく、生きている。状態であるといえます。

また、脳死は、脳の機能が損傷している、障害を負っているわけですので、ある意味では、脳死も障害者と言ってもいいと思います。脳死は、脳が全損していることになりますので、脳障害者になります。

ですので、脳死者は、合法的に殺人ができるので、脳が全損している障害者は、殺してもよいということになります。これは、障害者の人権は、守られていないことと同じです。脳死は人の死になっている理由は、多くの医師が脳死は、人の死であると支持しているからです。この問題においても、ポピリズム的な側面があると強く感じています。ある意味で、唯物論、唯脳論がこの医学界を支配していると言っても過言ではないと思います。

そして、脳死は人の死であるということを一つ許せば、高次脳障害も人の死になったり、心臓病も人の死になったりする可能性があるので、医学界の多数の論理で人の死を定義することがとても危険だと思います。

やはり、人の死の定義は、宗教的な真理に基づいて、行なうべきだし、本来の人権というのは、人間は、神の子、仏の子だから、尊いものであり、だから、守られる人権があるのだということです。


決して、人権活動家が言っているこの世的な人権ではなく、本来の人権、つまり、一人ひとりが神の子、仏の子だから、尊い存在であり、大切に扱わなくてはならないということを知らしめなければ、ヒットラーのような独裁者がでてきたときに、自分の都合で、人の死を定義し、大量殺りくを行われることになりますので、注意が必要です。

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