山中康弘のヒューマンヒストリー
現時点で障害を持っている山中康弘の 過去のできこと、日々のできごとや思っていること、未来の夢を語っていきます
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
脳死の問題について
山中康弘です。引き続き、相模原の殺傷事件で感じたことを書きます。

一方で、この事件で思いつくのが、脳死による臓器移植の問題です。「人間は脳である」ので脳そのものが死んでしまえば、人間が死んだのと等しいので、脳死者から臓器提供をしてもよいのではないかという問題です。

脳死による臓器移植の問題については、「サポートが必要な人たちの支援のあるべき政策について」の中で、「脳死は脳が死んでいる状態ですのでいいかえるならば、脳が欠けていることです。つまり、手が欠けていることを同じく脳が欠けているという障害といってもよいのにも関わらず、脳死は人の死であるということになったわけです」ということを述べていました。さらに、「この思想を更に発展していくと、重度の身体障害者は、社会のお荷物だから、その障害がある人の臓器を取って、移植を待っている人に提供する方が、社会のためになるという考え方にいきつくわけです」と述べています。

つまり、この事件と脳死の問題が、非常に関連があると言わざるをおえないのです。はたして、脳死者は、「人の死である」と規定しているので、合法的殺人が行われていますが、本質的に考えると今回の事件とあまり変わらないと思います。また、最近、無脳症と言って、脳がない赤ちゃんが生まれてきていますので、本当に、「人間は、脳であり、脳死は人の死であるのか」ということが疑問に思えます。
コメント
コメント
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
トラックバック URL
http://yamanakayasuhiro.blog86.fc2.com/tb.php/137-855b1737
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
トラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。